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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)3472号 判決

主文

一  原告の主位的請求第3項(金員の給付を求める請求)を棄却する。

二  原告のその余の訴えをいずれも却下する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

第一  請求

一  主位的請求

1  被告は、原告に対し、原告が、平成四年三月九日に訴外株式会社甲山から提起された大阪地方裁判所平成四年(ワ)第一八九九号損害賠償請求訴訟(請求額三億二九〇〇万円)の防御のために、被告との間で締結している弁護士賠償責任保険契約弁護士特約条項第六条第一項の規定により、同年四月二一日、大阪弁護士会所属弁護士吉木信昭を原告の訴訟代理人に選任したことを、同特約条項第六条第二項の規定により承認せよ。

2  被告は、原告に対し、原告が、被告との間で締結している弁護士賠償責任保険契約普通保険約款第二条第一項第四号の規定により、原告が右弁護士に対し、大阪弁護士会報酬規定により算出した着手金一一七一万五〇〇〇円及び将来算出される額の報酬金の弁護士費用を負担することを承認せよ。

3  被告は、原告に対し、金一一七一万五〇〇〇円及びこれに対する平成四年四月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  予備的請求

被告は、原告に対し、原告が、被告との間で締結している弁護士賠償責任保険契約普通保険約款第二条第一項第四号の規定により、原告が右弁護士に対し大阪弁護士会報酬規定の標準額により算出した着手金一一七一万五〇〇〇円及び将来算出される額の報酬金の弁護士費用を支出することを承認せよ。

第二  事案の概要

本件は、弁護士賠償責任保険契約(以下、「本件保険契約」という。)の被保険者である原告が、被害者から提起された損害賠償請求訴訟に応訴するため、選任した訴訟代理人に対して負担した着手金についての保険金支払などを保険者である被告に求めている事案であり、事実関係については当事者間に争いがなく、本件保険契約の約款の解釈が主たる争点である。

一  争いのない事実

1  当事者

原告は、大阪弁護士会所属の弁護士であり、被告は、各種損害保険業を営む株式会社である。

2  本件保険契約の締結

原告は、被告を保険者、全国弁護士協同組合を契約者とする、左記の約定(なお、本件に関係する部分のみを記載し、その余は省略する。)の本件保険契約に、昭和五二年六月に加入し、本件保険契約の被保険者となつた。

弁護士賠償責任保険適用約款

1  賠償責任保険普通保険約款(以下、「普通約款」という。)

第二条

第一項 被告がてん補する損害の範囲は、次のとおりとする。

第一号 被保険者が被害者に支払うべき損害賠償金(損害賠償金を支払うことによつて代位取得するものがある場合はその価格を控除する。)

第四号 被保険者が被告の承認を得て支出した、訴訟費用・弁護士報酬・仲裁・和解または調停に関する費用

第二項 被告の責任は、一回ごとの事故について定める。

第三項 一回の事故について、被告がてん補すべき金額は、第一項第四号及び第五号の費用を除き、第一項第一号ないし第三号の金額の合算額が保険証券に記載された免責金額を超過する部分とし、保険金額をもつて限度とする。

第四項 第一項第一号の損害賠償金の額が保険金額を超える場合は、同項第四号の費用は、保険金額の同項第一号の損害賠償金に対する割合による。

第四条 被告は、直接であると間接であるとを問わず、被保険者が次に掲げる賠償責任を負担することによつて被る損害をてん補する責めに任じない。

第一号 被保険者または保険契約者の故意によつて生じた賠償責任

第一六条

第一項 保険契約者又は被保険者は、事故又は損害が発生したことを知つたときは、次の事項を履行しなければならない。

第五号 損害賠償責任に関する訴訟を提起し又は提起されたときは、直ちに被告に通知すること。

第一七条

第一項 被保険者が、被害者から損害賠償の請求を受けた場合において、被告が必要と認めたときは、被保険者に代り自己の費用でその解決に当たることができる。この場合において、被保険者は、被告の行うすべての要求に協力しなければならない。

第一八条

第一項 被保険者が、この保険契約によつて損害のてん補を受けようとするときは、損害が確定した日から三〇日以内又は被告が書面で承認した猶予期間内に、保険金請求書及びその損害を証明する書類その他被告が必要と認める書類を保険証券に添えて被告に提出しなければならない。

第一九条 被告は、被保険者が前条の手続をした日から三〇日以内に保険金を支払う。ただし、被告が、この期間内に必要な調査を終了することができないときは、これを終了した後遅滞なく保険金を支払う。

2  弁護士特約条項(以下、「特約条項」という。)

第一条 被告は、普通約款第一条の規定にかかわらず、被保険者が弁護士の資格に基づいて遂行した業務(以下、「業務」という。)に起因して法律上の損害賠償責任を負担することによつて被る損害をてん補する責めに任ずる。

第六条

第一項 被保険者は、損害賠償請求に関し、訴訟、仲裁、和解または調停の手続を行うときは、自ら弁護士を代理人として選任することができる。

第二項 被告は、普通約款第二条第一項第四号の承認をする場合において、代理人たる弁護士の選任については、被保険者の決定のとおり承認する。

3  損害賠償請求訴訟の提起

株式会社甲山(以下、「甲山」という。)は、原告を相手方として、平成四年三月九日、原告が弁護士の資格に基づいて遂行した業務に起因する損害の賠償を求める訴え(訴額金三億二九〇〇万円)を大阪地方裁判所に提起した(平成四年(ワ)第一八九九号。以下、「本件訴訟」という。)。

4  被告への通知、弁護士の選任及び着手金の支払請求等

(一) 原告は、被告に対し、平成四年三月二三日、本件訴訟が提起されたことを通知し、着手金一一七一万五〇〇〇円の支払を求めたが、被告は、これを拒絶した。

(二) 原告は、被告に対し、同年四月二一日、本件訴訟の訴訟代理人として、弁護士吉木信昭(以下、「吉木」という。)を選任したことを通知するとともに、右通知が被告に到達してから三営業日以内に、右訴訟代理人の選任並びに吉木に対する着手金及び報酬の弁護士費用を負担することの承認及び右弁護士費用の内着手金相当額である金一一七一万五〇〇〇円の支払を求め、右通知は、同月二二日、被告に到達した。

(三) 被告は、原告に対し、同月二四日、訴訟代理人として吉木を選任したことは承認するが、弁護士費用の額については、事案の内容を検討し、その必要性も考慮した上で、審査会に諮問し、最終的に判断すると回答した。

二  原告の主張

1  普通約款第二条第一項第四号の解釈

(一) 後記争訟費用の性質

普通約款第二条第一項第四号所定の訴訟費用等(以下、「争訟費用」という。)は、同約款第二条第一項第一号所定の損害賠償金(以下、「賠償金」という。)とは別個独立の保険金請求権である。

(二) 弁護士費用承認の裁量の有無

弁護士会の報酬規定は、日本国内における唯一かつ公認された報酬規定であり、被告は、その規定の標準額による報酬契約を承認しない自由は有しておらず、当然に承認する義務がある。

(三) 現実の支払条件の無効

被告が普通約款第一七条の方法を選択した場合と比較して、被保険者が不利な立場に置かれなければならない理由はないから、負担行為のほかに現実にその金額の支出をした後でなければ被告に請求できないという部分は無効であり、被保険者は、現実に支出する以前に、被告から着手金負担による損害のてん補を受けることができる。

2  着手金の損害額の確定

争訟費用は、賠償金とは別個独立のものである以上、その履行期も賠償金とは別個に到来するのであり、被保険者が弁護士費用を負担したときに損害額は確定している。

3  普通約款第二条第四項の解釈

着手金負担の段階においては、最終的損害賠償金額が不明であるから、被告は、被保険者が負担する着手金全額をてん補する義務があり、最終的損害賠償金額が確定した場合において、それが保険金額を超過する場合には、報酬金をてん補する時点で調整すれば足りる。

三  被告の主張

1  本件保険契約の約款の解釈

(一) 争訟費用の性質

争訟費用は、本件保険契約の本来の対象である賠償金に一体として付随するものにすぎず、独立の保険金請求権ではない。

(二) 争訟費用の履行期

争訟費用の履行期は、賠償金の額が確定し、その後三〇日以内の期間内に被告に対しその請求があつたときである(普通約款第一八条、第一九条)。

(三) 承認の対象

承認の対象となる争訟費用は、「支出」されたものであつて、「負担」しただけのものは含まれない(普通約款第二条第一項第四号)。

(四) 争訟費用の承認についての裁量

被告は、争訟費用の「支出」の承認に際し、係争物の価格のほか、事件の難易、被保険者と弁護士との関係、要する労力の多寡及び被保険者が本体たる損害賠償訴訟を提起されるに至つた経過等諸般の事情を考慮することができるという裁量権を有している。

2  本件において原告の負担した着手金を承認できない事情

被保険者の故意によつて賠償責任が生じた場合には、保険者である被告は、被保険者である原告を防御する意思を有せず、また、被告は、被保険者の故意によつて生じた賠償責任に基づく損害については免責されるところ(普通約款第四条第一号)、甲山は、本件訴訟において責任原因として原告の故意のみを主張しているのであるから、被告としては、現段階では争訟費用についての承認を与えることはできない。

四  争点

1  争訟費用の性質

2  争訟費用は、てん補に先立つて現実に「承認を得て支出」されていることを要するかどうか(普通約款第二条第一項第四号)。

3  争訟費用の「承認」は、被告の裁量に委ねられているかどうか。

4  被告がてん補すべき争訟費用の履行期。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  原、被告とも、争訟費用が賠償金とは別個独立の保険金請求権であるか、賠償金と一体として付随する保険金請求権であるか、という争訟費用の性質を前提としてそれぞれの主張を理由あらしめようとしているので、まず、この点について判断する。

2  本件保険契約は、被保険者が弁護士の資格に基づいて遂行した業務に起因して法律上の損害賠償責任を負担することによつて被る損害をてん補することを目的とするものであるから(特約条項第一条)、被保険者が負担した損害賠償責任に基づいて被害者に支払うべき賠償金をてん補し(普通約款第二条第一項第一号)、それによる被保険者の経済的負担を解消することを第一次的目的としていることは明らかである。しかし、その一方で、普通約款第二条第一項第四号は、弁護士報酬等の争訟費用も被告がてん補すべき損害の範囲に含まれるものと規定している。

ところで、本件保険契約において被告がてん補すべき損害は、被害者に一定の損害が発生したという事実のみでは確定せず、それが被保険者の業務に起因するものであり、法的にも被保険者が右損害の賠償責任を負担すべきことが明らかになつてはじめて確定するものであるが、本件保険契約においては、その性質上、被保険者が損害賠償責任を負担すべきかどうかを客観的に判定することが困難な場合があり、そのような場合には、結局、被害者から提起される損害賠償請求の訴訟等(訴訟以外の場合もあるが、以下、単に「訴訟」という。)において被保険者の損害賠償責任の有無及び損害額が判断、確定されることが予想される。そして、右損害賠償請求には、理由がある場合、理由がない不当な請求である場合等様々な場合が考えられるが、いずれの場合であつても、被保険者の損害賠償責任の有無及び損害額を確定するためには、右訴訟に応訴しなければならない。その際、保険者が被保険者に代つて自ら右訴訟の解決に当たる場合と、被保険者が自らないし訴訟代理人を選任して応訴する場合とがあるが、前者の場合には、保険者が争訟費用を負担する旨の規定(普通約款第一七条第一項)がある。

また、保険者は最終的な損害賠償責任の負担者として、右訴訟の結果について密接な利害関係を有しているが、被保険者が、訴訟代理人弁護士を選任して応訴する場合には、適切な防御活動により、不当ないし過大な損害賠償責任の負担を防止して、保険者の利益を図るという効果も期待することができる。他面、本件保険契約の約款は、争訟費用のてん補について、被保険者の損害賠償責任が肯定されたこと等訴訟の結論をてん補の条件として付していない。

以上の諸点を考慮するならば、普通約款第二条第一項第四号は、賠償責任保険においては、被保険者が法的に損害賠償責任を負担すべきかどうかが明らかでなく、被害者の提起する訴訟に応訴してその損害賠償責任の有無及び損害額が確定されることが多いことから、保険者自らによる解決の方法が選択されない場合には、被保険者が、自らないし訴訟代理人を選任して右訴訟に応訴し、それに伴つて争訟費用を負担ないし支出せざるを得ないという実際上の必要性と、それによつて保険者の利益をも図られるという点を考慮して規定されたものであり、保険者による争訟費用のてん補は、必ずしも被保険者の損害賠償責任の負担を前提としていないと解するのが相当である。従つて、賠償金と争訟費用の各給付は、一義的に、主たる給付とそれに一体として付随する従たる給付という関係にあるということはできず、場合によつては、被告に対し、争訟費用のみの給付を求めることもできるというべきである。

二  争点2について

1  被告がてん補すべき争訟費用は、被保険者が被告の「承認を得て支出」した費用であると規定されているが(普通約款第二条第一項第四号)、原告は、被告が被保険者に代つて損害賠償請求訴訟の解決に当たる場合と比較して、原告が訴訟代理人弁護士を選任して応訴する場合には、てん補に先立つて事前に被告の承認を得て争訟費用を支出していなければならないというのは不合理であるから、このような約定は無効であると主張するので、この点について判断する。

2  もとより、私人間の私法的法律関係は、当事者間の合意によつて自由に規律することのできるところであり、また、普通約款第二条第一項第四号が保険者のてん補すべき争訟費用を保険者の「承認を得て支出」した争訟費用に限つているのは、被保険者が不要な費用を支出して応訴し、それを保険者に転嫁することを防止しようとする趣旨によるものであると解される。

しかし、そもそも保険者が争訟費用をてん補することとした趣旨には、適切な防御活動による保険者の負担の軽減等保険者の利益を図ることも含まれることからすれば、当該損害賠償請求の内容等に応じて、適正妥当な範囲の争訟費用は保険者においててん補すべきであるところ、普通約款第二条第一項第四号の規定に文言どおり従うならば、適正妥当な争訟費用を被保険者が支出した場合であつても、保険者の「承認を得て支出」していない争訟費用はてん補されないことになるが、このようなことは、保険者が、被保険者に代つて損害賠償請求の解決に当たる場合に比較して、被保険者に極めて不利かつ不当な負担を強いる結果をもたらすものであり、到底合理的なものとはいえない。

従つて、被保険者が前記の適正妥当な争訟費用を支出したと判定できるときには(なお、後記のとおり、被告は右判定につき裁量権を有する。)、保険者たる被告は、同約款第二条第一項第四号所定の承認がないからとの理由で右争訟費用の支払を拒むことはできないと解するのが相当である。ただし、被告は、被保険者の故意によつて生じた賠償責任(以下、「故意責任」という。)に基づく損害については免責されるから(同約款第四条第一号)、右に関する訴訟等に要した争訟費用についても免責される。そうとすれば、被保険者が被告に対し争訟費用のてん補を請求した場合であつても、故意責任に基づく疑いが相当程度あるときには、被告は、右争訟費用が適正妥当なものであるか否かにかかわらず、故意責任の点が明確になるまで支払を拒めるものと解するのが相当である。

次に、被告に争訟費用のてん補を請求するためには、現実に「支出」している必要があるかどうかについてであるが、前記第四号で「支出した、訴訟費用・弁護士報酬・仲裁・和解または調停に関する費用」と明記しているのであるから、現実に支出している必要があるというべきであり、また、そのように解しても不当、不合理であるとはいえない。

結局、前記第四号の規定を右のとおり解釈することによつて、妥当な解決が図られるものであるから、右規定による約定は有効なものであるというべく、これを無効であるとする原告の前記主張は、採用することができない。

三  争点3について

1  被告がてん補すべき争訟費用は、被保険者が被告の「承認を得て支出」した費用であると規定されているが(普通約款第二条第一項第四号)、原告は、本件訴訟の訴訟代理人弁護士である吉木に対して負担した着手金が、弁護士会の報酬規定の標準額に従つて算出された正当なものである限り、被告はこれを承認する義務があると主張し、被告は、右承認に関して裁量権を有していると主張するので、この点について判断する。

2  争点1及び2において検討したように、保険者は、被保険者のためだけでなく、適切な防御活動による保険者の負担の軽減等保険者の利益を図るためにも、適正妥当な範囲において争訟費用をてん補すべき義務を負担しているのであるから、被保険者の支出した争訟費用を漫然と承認する義務を負つているわけではなく、係争物の価格、事件の内容、事件の難易、防御に要する労力の多寡及び被保険者が損害賠償請求訴訟を提起されるに至つた経過等諸般の事情を総合考慮して、適正妥当な争訟費用の範囲を判定することができるという裁量権を有しているものと解するのが相当である(もつとも、裁量権の濫用は許されない。)。

3  これを本件についてみるに、被告は、原告の故意によつて生じた賠償責任については、それを負担することによつて被る損害のてん補を免責されるところ(普通約款第四条第一号)、証拠(甲第七、第一七、第一八号証)によれば、本件訴訟を提起した甲山は、原告の故意による債務不履行に基づく損害賠償責任のみを主張していることが認められる。

もとより、被害者が、損害賠償請求訴訟においていかなる責任原因を主張するかという一事のみによつて、争訟費用の支出についての承認の是非が決せられるわけではないが、被保険者の損害賠償責任が故意によつて生じたものと認められる可能性が相当程度あるような場合には、被保険者と損害のてん補を免責される保険者との間で、利害の衝突が生じ、適正妥当な争訟費用の範囲を判定することが一層困難になることも否定できないのであるから、本件訴訟の帰趨の決していない現段階において、原告が承認を求める着手金が、本件訴訟の内容に照らして適正妥当な金額であるかどうかを被告が判定することは困難であるといわざるを得ず、原告が求める着手金額の承認を被告が留保することも、やむを得ないものというべきである(なお、被告が裁量権を濫用しているとのことは、本件証拠上認められない)。

従つて、着手金額の算出基準の正当性のみをもつて被告の裁量権行使を否定する原告の主張は採用することができない。

四  争点4について

原告は、争訟費用たる着手金額が確定し、かつ、その履行期も到来している旨主張するので検討する。

原告が被告に対し被告がてん補すべき着手金を請求するためには、前記認定判断のとおり、適正妥当な着手金額が判定ないし確定されている必要があり、かつ、現実に支出している必要があるところ、適正妥当な着手金額は未だ判定ないし確定されておらず(なお、本訴訟において右着手金額を確定することができる状況ではないことも、前記認定したところから明らかである。)、また、原告が実際に着手金を支出したとの主張・立証もない。

そうとすれば、結局、争訟費用の履行期について判断するまでもなく、着手金の支払を求める原告の請求は、理由がない。

五  結論

1  以上によれば、着手金の支払を求める原告の主位的請求第3項は、理由がないから、これを棄却すべきものである。

2  原告のその余の訴えは、いずれも訴えの利益がないから、これを却下すべきものであるが、その理由は、次のとおりである。

(一) 弁護士選任の承認を求める訴え(主位的請求第1項)について

原告は、特約条項第六条第一項によつて自ら弁護士を選任することができるところ、被告は、本訴訟提起前の平成四年四月二四日、原告が選任した吉木弁護士を承認する旨原告に通知しているから、主位的請求第1項のような承認を求める訴えは、訴えの利益がないことが明らかである。

(二) その余の承認を求める訴え(主位的請求第2項、予備的請求)について

前記認定判断したとおり、被保険者が適正妥当な争訟費用を支出したと判定ないし確定できるときには、保険者たる被告は、普通約款第二条第一項第四号所定の被告の承認がないからとの理由で原告が支出した争訟費用の支払を拒むことはできないと解されるので、原告は、被告に対し、被告の承認がなくても、直ちに争訟費用の支払を請求すれば足りるのであり(なお、原告が争訟費用を「支出」したとの主張・立証がない等の理由により、主位的請求第3項が棄却すべきものであることは前記のとおりである。)、主位的請求第2項や予備的請求のような抜本的解決とならない承認請求の訴えは、いずれも訴えの利益がないといわざるを得ない。また、将来の報酬金に関する部分は、不確定であり予めその請求をなす必要があるとも認められないので、この点においても訴えの利益がない。

六  よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中田昭孝 裁判官 古閑裕二 裁判官 近藤猛司)

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